疾患の解説
犬の慢性的な消化器疾患(慢性腸症)の分類・治療
愛犬の嘔吐や下痢が治らない、お薬を飲んでいるが良くなったり悪くなったりを繰り返してしまう…といった事はありませんか?
3週間以上持続する慢性的な嘔吐や下痢があり、対症療法ではなかなか良くならない場合は慢性腸症の可能性があります。
慢性腸症は
• 消化器(胃や腸)以外に異常がない
• 内視鏡などで採取した消化管粘膜に炎症が起こっている
という特徴があります。
もし、消化器以外に異常所見が認められる場合は慢性腸症ではありません。
たとえば
•ジアルジアなどの寄生虫感染
•アジソン病(副腎皮質機能低下症)などのホルモン疾患
•リンパ腫や腺癌などの消化器腫瘍
•膵外分泌機能不全
といった場合は、慢性腸症と同様に様々な消化器疾患を慢性的に引き起こします。
ですので、慢性腸症かどうかを血液検査、超音波検査、内視鏡検査などといった様々な検査を行い、見極める事が重要です。
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慢性腸症と類似している疾患について
ジアルジアなどの寄生虫感染
寄生虫が消化器に感染する事で下痢や血便を引き起こすことがあります。ですが、ほとんどの場合は急性下痢で1週間程度で症状が治る事がほとんどです。
以下が感染性下痢の原因となる病原体です。
- 細菌(クロストリジウム、大腸菌、サルモネラ菌、カンピロバクター)
- 寄生虫(犬回虫、犬鉤虫)
- 原虫(ジアルジア)
この中で気をつけなければいけないのはジアルジアです。
ジアルジアは原虫と呼ばれる腸に寄生する腸管感染症で、治りにくい慢性下痢を引き起こすため、慢性腸症としっかり鑑別する必要があるためです。
ジアルジアは顕微鏡で観察できることもありますが、感染しているにも関わらず観察できないこともよくあります。
そのような場合は下痢パネルと呼ばれる便のPCR検査を行うことで、ジアルジアを含む寄生虫感染の有無を調べることができます。
アジソン病などのホルモン疾患
アジソン病(副腎皮質機能低下症)とは副腎と呼ばれる腎臓の隣にある様々なホルモンを分泌する臓器の機能が低下し、ホルモンが分泌量が少なくなる疾患のことです。
アジソン病ではミネラルコルチコイドやグルココルチコイド(コルチゾール)といったホルモンが低下し、その結果慢性的な嘔吐や下痢を引き起こしてしまうのです。
アジソン病の診断は、血液検査でコルチゾールを調べたり、エコーで副腎のサイズを測定します。
ほとんどのアジソン病では副腎が萎縮(小さくなる)しており、左副腎の短径が3.2mm未満だとアジソン病の可能性が非常に高いです。
ただし、副腎が小さくなくてもアジソン病であることもありますので、エコー検査だけでなく、複数の検査を組み合わせて診断を行う事が重要です。
膵外分泌機能不全
膵外分泌機能不全は、膵臓から消化酵素が様々な原因によって出にくくなってしまい、白っぽい軟便を繰り返す疾患です。
膵臓から分泌される消化酵素はタンパク質、脂肪、でんぷんを分解しているため、膵外分泌機能不全になってしまうと、それらを分解する事ができなくなります。そうなると、ご飯をどれだけ食べても痩せてしまい、栄養不良になってしまうのです。
膵外分泌機能不全の原因は様々ですが、
- 慢性膵炎により膵臓の細胞が萎縮してしまっている
- 糖尿病
- 腫瘍が消化酵素の通路を塞いでしまっている
といったことが考えられます。
どのような犬でも膵外分泌機能不全は起こりますが、特に中高齢のキャバリアやミニチュアシュナウザーなどで発症します。
膵外分泌機能不全を診断するためには、症状や血液中のTLI(トリプシン様免疫活性)を測定し、低値であることを確認します。
膵外分泌機能不全になってしまうと、生涯にわたり消化酵素薬を補充し続ける必要があります。
リンパ腫や腺癌などの消化器腫瘍
胃や腸にできる消化器腫瘍でも慢性的な下痢を示すためエコーや内視鏡などで除外診断することが必要です。
消化器にできやすい腫瘍としては、リンパ腫や腺癌などが挙げられます。
これらの腫瘍ができた場合、エコーでは様々な異常所見が認められます。
例えば、
•腸の5層構造(内腔、粘膜層、粘膜下織、筋層、漿膜)の消失
•転移によるリンパ節の腫大
•消化管壁の肥厚
•消化管閉塞
といったエコー所見が認められれば、消化器腫瘍を疑います。
消化器に明らかな腫瘍が認められる場合は、エコー下で腫瘍に針を刺し、採取された細胞を観察するFNA(細胞診)を行う事で、リンパ腫などの腫瘍を診断できる事もあります。
明らかに腫瘍が認められない場合でも、リンパ腫などの腫瘍は除外できませんので、その場合は内視鏡あるいは開腹での生検を行います。
慢性腸症について
慢性腸症は感染や腫瘍などといった疾患を除外した結果診断される疾患です。基本的に消化器にしか病変(炎症)がなく、3週間以上下痢などの消化器疾患を示します。
慢性腸症は
- 食事反応性腸症(FRE)
- 抗菌薬反応性腸症(ARE)
- 免疫抑制剤反応性腸症(IRE)
- 治療抵抗性腸症(NRE)
といった4つの病態に分類されます。
これらはエコーや内視鏡などの精密検査を行なって診断できるものではなく、食事、抗菌薬、ステロイドなどといったお薬に対する反応性を見て診断されます。
食事反応性腸症(FRE)
食事反応性腸症(FRE)は食事療法で改善する慢性腸症のことで、慢性腸症の中で最も発生頻度が高い疾患です。食事療法では新奇蛋白食、加水分解食を使用します。
治療に反応すると、2週間以内に症状は改善します。
また、低アルブミン血症を引き起こしている蛋白漏出性腸症の場合は、低脂肪食や超低脂肪食(手作りの低脂肪食)を給餌することでアルブミンの値が顕著に改善するケースが多いです。
抗菌薬反応性腸症(ARE)
抗菌薬反応性腸症(ARE)はその名の通り抗菌薬を使用する事で顕著に消化器症状が改善する慢性腸症のことです。抗菌薬はタイロシンやメトロニダゾールなどを使用します。
抗菌薬が反応すれば、数日以内に症状は改善します。
内視鏡を行う時はどんな場合?

全ての消化器疾患で内視鏡を必ず行わなければいけないのかというとそうではありません。
内視鏡は犬の場合、全身麻酔下で行う精密検査ですので、ヒトのように簡単にできる検査ではありませんし、多少なりとも麻酔の負担がかかってしまいます。
では内視鏡を行う時はどのような場合なのでしょうか?
内視鏡は食事にも抗菌薬にも反応しない慢性腸症の診断に使用します。
基本的には内視鏡は食事療法や抗菌薬などへの治療反応性が乏しい症例で行いますので、そのような治療をまだ実施していない症例で内視鏡を行う事はゴールドスタンダードではありません。
ただし、リンパ腫などの腫瘍が疑われるが腫瘍の位置的に細胞診ができない場合、重篤な消化器症状があり早急に内視鏡で診断をつける必要がある場合には例外として行うこともあります。
免疫抑制剤反応性腸症(IRE)
免疫抑制剤反応性腸症(IRE) は、食事や抗菌薬に治療反応を示さない慢性腸症のことで、ステロイドなどの免疫抑制薬でのみ消化器症状が改善する疾患です。
ステロイドは初期用量として1-2mg/kgで使用します。ですが、この量のステロイドを長期で使用してしまうと、血栓症などといった重篤な副作用を示す事がありますので、徐々に減薬を行い、副作用のリスクを減らしていく事が重要です。
最近ではステロイドと同等の効果を示し、小腸にのみ部分的に効果を示すブデソニドと呼ばれるステロイド薬が使用されるケースが増えています。
治療抵抗性腸症(NRE)
治療抵抗性腸症(NRE)はステロイドに対しても治療反応を示さない非常に厄介な慢性腸症です。
治療抵抗性腸症は予後が悪いですが、リンパ腫を発症している事もあるため、再度エコーや内視鏡などを行うなどして診断を見直す必要があります。
まとめ
長期にわたる下痢や嘔吐といった消化器症状は、愛犬のQOL(生活の質)を大きく低下させるだけでなく、命の危険がある疾患が隠れていることはよくあることなのです。
ただし疾患を診断するためには様々な検査や治療を組み合わせる必要があり、飼い主様のご協力と高度な医療技術が必要です。
当院では、エコーや内視鏡など診断、治療に関わる医療設備を万全な体制で整えておりますので、慢性的な嘔吐や下痢でお悩みの飼い主様はお気軽に当院までお問い合わせください。
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